【優生思想】 相模原障害者殺傷事件から5年
障問連事務局/編集
「相模原障害者殺傷事件」から5年を迎えてのDPI日本会議声明 2021年7月26日
特定非営利活動法人DPI(障害者インターナショナル)日本会議
議長 平野みどり
私たちDPI(障害者インターナショナル)日本会議は全国93の障害当事者団体から構成され、障害の種別を越えて障害のある人もない人も共に生きるインクルーシブな社会(共生社会)の実現に向けて運動を行っている。
2016年7月26日、神奈川県相模原市にある津久井やまゆり園に入所していた方々が襲われ、19人もの尊い生命が奪われ、26人が重軽傷を負わされた「相模原障害者殺傷事件」が起きてから今年で5年になる。あらためて事件の被害に遭われた方々へ追悼の意を表すとともに、「障害者なんていなくなればいい」という優生思想にもとづいて引き起こされた凄惨な事件に対する強い怒りと悲しみを忘れることなく、優生思想に対して断固として闘っていかなければならない。昨年から続くコロナ禍の影響もあり日本全体に閉塞感が強まる中、障害者をはじめとするマイノリティに対するヘイトスピーチやヘイトクライムは後を絶たず、事件から5年を迎える今、この事件を風化させることなく、誰もが排除したりされたりしないインクルーシブな社会づくりに向けて、DPIとしての考えを表明する。
1.神奈川県による障害者支援施設に対する検証の取り組み
神奈川県では、津久井やまゆり園での他の職員による利用者への虐待案件、不適切対応等があったことが明らかになったことを契機に津久井やまゆり園を含む6つの施設における支援の在り方などの検証を行った。この「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」を発展改組して設置された「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会」(以下、検討部会)は今年の3月に報告書を取りまとめた。
この検討部会の報告書では障害者虐待防止法に関する理解不足や、やむを得ず身体拘束を行う場合の3要件(切迫性、非代替性、一時性)に対する認識が職員や管理職、施設を指導監督する立場の県職員に至るまで希薄であったなどの指摘がされており、虐待や不当な身体拘束が施設内で常態化していたこと、県のチェック機能が働いていなかったことなどが明らかにされている。この報告を受けて神奈川県では今年の6月、今後の障害者支援施設のあり方や当事者目線の障害福祉に係る理念や実践について検討することを目的とする「当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会(以下「検討委員会」という。)」を設置し、県立障害者支援施設のあり方を含めた障がい福祉の将来展望について検討していくとしている。津久井やまゆり園事件の背景の一つとされる身体拘束をはじめとした虐待が行われていたこと等への反省が生かされ、真に当事者の目線に立った障害福祉づくりに向かっていくのか、私たちはこの検討委員会の動きを注視していく。
2.減らない障害者虐待、進まない地域移行
こうした神奈川県としての取り組みが進められている一方で、未だ障害者虐待や差別の問題は起き続けている。2020年2月には兵庫県神戸市にある神出病院で以前から入院患者への虐待が行われていたことや虐待をしないと先輩の職員から自分が冷たくあしらわれてしまう、そういう認識を看護師がもっているといった病院内で虐待の連鎖が起きるような構造があったことなどが明らかになっている。
このような虐待をなくしていくためには、障害者虐待防止法を改正し、通報義務の対象に病院や学校などを加えるといった法的整備や、病院や施設に対して自治体が外部有識者の協力を得るなど、一定の第三者性が担保される形でのモニタリングの仕組みが求められる。
また、人権や権利擁護に関する理解の増進やインクルーシブ教育を含めて子どもの頃から障害のある人と当たり前に過ごす環境が作られ、その中で差別や人権について学ぶ機会が得られることが必要だと考える。しかし、障害のある人とない人が同じ地域で暮らすことが当たり前となるような地域移行の取り組みは遅々として進んでいないことも指摘しておきたい。2011年には地域生活移行者が4836人であったのに対し、2019年には1525人と大きく減少している。また、新規入所者で見ると2011年は7803人で2019年は5394人というようにずっと地域移行者数よりも新規入所者数の方が多いままとなっている。
3.国として地域移行に向けた基盤整備を
国は相模原障害者殺傷事件やその後も様々な病院や施設で起きている障害者に対する虐待事案を教訓として、本格的に地域移行に向けた取り組みを進めるべきである。地域移行を進めるにあたっては病院や施設からの移行にとどまらず、社会的な支援を得て地域で暮らし続けられるような「親元からの地域移行」という2つの視点から計画的に進めていく必要がある。そのためには、施設入所者、待機者及び家族の丁寧な意向調査と情報提供を行い、エンパワメント支援、意思決定支援(意思形成支援を含む)、家族支援、住宅確保支援等を伴う地域移行基盤整備を法律で定める必要がある。私たちはこの地域移行の取り組みを進めていくことこそが事件の風化を阻止し、インクルーシブ社会の実現につながっていくと信じている。
事件から5年を迎え、私たちは改めて被害に遭った一人ひとりの無念に思いを馳せながら、二度と同じような事件が起きないよう、優生思想と闘い続けていく。そして、誰もが尊重され、障害の有無によって分け隔てられないインクルーシブ社会の実現を目指して社会のあらゆる人々とともに考え行動していくことを誓う。
【やまゆり園事件5年 隣人として暮らす社会に】 毎日新聞『社説』7月26日
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で利用者19人が殺害され26人が負傷した事件から、今日で5年目となる。殺人罪などに問われた元職員の植松聖死刑囚は昨年3月、弁護士による控訴を自ら取下げ、1審で死刑が確定した。裁判では「意思疎通の取れない人は社会の迷惑」などと重度障害者を差別する主張を繰り返した。我が事のように感じ、恐怖を覚えた障害者や家族は少なくない。周囲から差別的な視線を向けられた経験があるからだ。事件の被害者は裁判で、ほとんど匿名とされた。現場の慰霊碑に名前が刻まれた犠牲者は7人にとどまる。何の非もないのに、今でも明かすことはできない。偏見の根深さを示している。障害者の見る目は変わっていない。施設の建設が住民の反対で中止・変更を迫られるケースが相次ぐ。障害者への虐待は2019年度に2202件あった。事件は障害者の暮らし方を問い直すきっかけとなった。植松死刑囚の動機について、判決は、やまゆり園での勤務経験が「基礎」にあると指摘した。事件後には神奈川県の調査で一部の入所者の居室を長期間施錠し、不適切な身体拘束をしていたことが明らかになった。1960年代以降、郊外や山間部に障害者の大規模施設が次々と建てられた。しかし、隔離された場所での集団生活が、健康を損ない、職員による虐待を招きかねないと指摘されるようになった。どんな環境で生活するか、障害者の意思を尊重するのが国際的な流れだ。地域のグループホームに移る人が徐々に増え、訪問介護サービスも設けられている。
事件で重傷を負った尾野一矢さんは昨年8月、訪問介護を受けながらアパート暮らしを始めた。父剛志さんは、やまゆり園にいた時より表情が豊かになったと話す。だが、多くの重度障害者が大規模施設に頼らざるを得ないのが現状である。地域で生活するための支援が不十分だからだ。国や自治体の施策拡充が欠かせない。誰もが隣人として暮らせる社会にしていく必要がある。それが、障害者に対する差別や偏見をなくしていくことにつながる。
8月 7, 2021