事務局より

【巻頭】 神戸市が示すガイドライン案に、私たちは反対します!! ご協力を!!

障問連事務局

 

「障害が不幸なのではない。『障害者だから』という理由で多くのことを奪われているのがつらい」。こんな嘆きを訴えた人がいる。健常者本位に固められた社会には、障害者は施設か親に頼るのが当然という空気がまだまだ根強い。ちなみに、脳性まひなどによる重度障害者で施設や親から独立して暮らしている人は、県下で数えるほどしかいない。今回は、結婚し、一児の父親でもある自立障害者の、体当たりの主張をさぐってみる。

 

この文章は、今から38年前、1981年11月から4回連載で、障問連代表の福永さんの日常生活や活動を紹介した朝日新聞記事のリードの文章です。連載のタイトルは・・・

『街に生きる ~ 国際障害者年に寄せて ~ 自立障害者の記録』

上記記事のリードにある「障害が不幸なのでない」の言葉・・・まさに3年前に相模原市で起きた津久井やまゆり園の障害者殺傷事件で犯人の言う「障害者は不幸しか生み出さない」との優生思想に対峙するものであり、福永さんや兵庫青い芝の会の自立障害者が運動と生活まるごとをかけて、まさに「体当たり」で身を持って体現し続けてきたのだと、古い資料を読み直し改めて感じさせられた。

この記事から約10年後の1990年前後、神戸市内で重度の脳性まひの子どもを親が殺める事件が発生、その際にも青い芝の会は減刑嘆願運動に反対し、地域生活の保障を求め神戸市行政糾弾の闘いを行った歴史がある。

記事から約40年を経過した現在、今ニュースの報告にあるよう、神戸市はようやく居宅系サービス、特に障害の重い者へのガイドライン(支給基準)の改定案を示した。しかし、その内容は私たちの要望するものとは真反対の、より一層当事者が望む支給量を認めない、そのために基準をより明確に示すものである。

高校入学問題も併せ、神戸市の教育・福祉行政に対し要求活動を強化し、まさにDPI日本会議の全国集会でもスローガンに上げられた「障害者権利条約の完全実施へ国内法のバージョンアップを!」の地域取り組みとして、障問連として取り組んで行きたい。

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