事務局より

【巻頭】 7月10日、参議院選挙を前に思うこと

栗山和久(障問連事務局)

7月10日は参議院選挙。認知症の母のもとにも選挙の案内が届いた。後見人制度を利用している認知症の母にも選挙権が認められたのは、3年前にダウン症の知的障害者の方が裁判で闘かわれたお陰だ。しかし、恐らく選挙の意味も分からない母。説明すれば昔を思い出すだろうか?認知症になる前に「○○党が良い、○○党はあかん」と言ってた事から推測して代弁して良いのか?・・・こんな基本的なことにすら立ち止まり、忙しさに何もできない自分がいる。しかし介護保険の限度額を越え支援を受けている母にとって、今後の政治の行方は決して無縁ではないどころか大きな影響を受ける。

障害者施策も政治の動向に大きな影響を受け続けてきた。憲法にある「基本的人権」「最低生活保障」からも除外され続けた障害者の歴史、それでも当事者の果敢な努力そして近年の制度改革により、ようやく施策が整備されつつあるが、政権が変わった途端に自立支援法違憲訴訟での「基本合意」は放置され続けている。今号ニュースでも触れている65歳問題。司法上では「介護保険優先原則は廃止する」と政府は約束したが、今回の総合支援法見直しでも再び見送られた。明らかな立法上の不作為である。

雑誌『世界』(岩波書店)7月号の特集は「非立憲政治を終わらせるために~2016選挙の争点」。魂のこもった文章が凝縮している。「オバマ大統領の広島訪問の意義~政府の欺瞞~被爆者の願い」、「沖縄辺野古問題~国家の暴力は止んでいない~増殖する差別政治」、「三菱マテリアル中国人強制労働事件和解」、石牟礼道子さんの「日本近代の原型が、すべて水俣にございます」と最後に記された「熊本~地震と水俣と」そして「ハンセン病患者『特別法廷』最高裁はなぜ違憲判断を避けたか」。いずれも当事者の声、行動により、その事実を明らかにし闘われ、それでも戦後70年を経てもなお、政府の不作為により積み残されている問題。未来志向と言われるが、過去の歴史をないがしろにした未来などありえない。憲法の理念は、それを具現化する多くの人たちの努力があって初めて成立してきた。その憲法をないがしろにし、立法上の不作為を続けてきた輩に、これ以上、憲法改正へと向かう契機を与えてはならないと、私は思う。

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