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【報告】 「障害者の地域生活の改善策を考えるフォーラム」に参加して

野崎泰伸(障問連事務局) 

3月12日、神戸市勤労会館で行われた、拓人こうべが主催する「障害者の地域生活の改善策を考えるフォーラム」に参加しました。参加者はざっと見たところ、30名を超えたぐらいでした。

福永年久代表あいさつの後、元東洋大学教員の北野誠一さんが1時間ほど、「市町障害者計画等の理念と差別解消法の施行に向けて」という演題で基調講演をなさいました。

 

●制度の変遷と権利条約の意義

 

北野さんはまず、国連の障害者権利条約に至る流れということで、70年代の青い芝運動を経て、1981年、「完全参加と平等」の理念ではじまった国際障害者年と国連障害者の10年、1986年の基礎年金制度の設立、1990年代に移動保障とバリアフリーを進めるハートビル法や交通バリアフリー法の制定があり、2000年の社会福祉基礎構造改革、介護保険制度の設立があった、と述べます。介護の社会化によって、介護を必要とする者が措置制度の客体から利用契約の主体となったのは当然のことであるが、ここで2つ問題があると言います。1つは、いきなり契約主体になったために、その仕組みが当事者自身にきちんと伝わっていないのではないかという問題、もう1つは、当事者の住む地域に必要な介護資源・サービスがあるのかという問題です。その後、2003年の支援費制度や地域福祉計画、2006年の自立支援法、2007年の国連障害者権利条約の日本における署名、2010年に制度改革推進会議、差別禁止法案・総合福祉法案検討、2013年の総合支援法、虐待防止法の制定や権利条約批准に向けた展開がされてきました。しかし、わが国の障害者地域生活の流れは、2000年前後を境に頭打ちで、その後下降線をたどっている、と北野さんは言います。次いで、障害者権利条約が示す考え方の枠組みの変更について、「医学モデルから社会関係モデルへの変更」という言葉で説明されました。すなわち、「障害のあるあんたが問題なのだ」という理解から、「みんなで生きづらさを何とかしよう」という理解への変更を意味するものだということです。障害者問題の根底には、本人がそもそも人間関係を奪われ、社会的排除を経験することによる、本人をめぐる関係性のゆがみや希薄な関係性があることを示されました。だから、衣食住などの環境にとどまらず、社会のなかで生きている意味があることを本人が実感できる支援をしなければならない、と述べられました。

 

 

●市町障害者計画に求められるもの――福祉制度システムと人権救済システム

 

次に、市町障害者計画に真に求められるものについては、本当は障害者計画だけではなく、他の計画(子育て・教育・住宅・街づくり・保健医療・防災など)との突き合わせと積み上げとが必要であることを述べられました。たとえば、生活苦で医療費が払えないような高齢者に対し、ケアマネージャーが障害者手帳を取得することを勧めたりしますが、これは障害福祉の制度だと医療費助成が使えたりするからです。このことは、裏を返せば高齢者福祉の不整備であり、縦割り行政の弊害とも言えるでしょう。また、大阪府営住宅においては、今後新築分はすべてバリアフリー構造にするそうです。このように、他の計画との関連で考えないといけないことを示しています。また、施設や病院からの地域移行・地域定着による一人暮らしではなく、親元で在宅の障害者が直接、一人暮らしができるような支援のあり方ができるようなニーズの把握と、そのために必要な地域生活支援の積み上げが必要であるということでした。実際、スウェーデンやデンマークでは通常、20歳を超えれば親元を離れるのは当然であり、また米国においても、その後の暮らしは「自己責任」になるにしても、20歳を過ぎれば一人暮らしをするか、家族と暮らすかどちらかを選ぶことになるとのことです。

話は続き、先進国の中で日本だけが、成人後も親や家族と同居することを当然視しており、このことが成人した障害者の介助を家族頼みにしている現実を生む、との指摘がなされました。こうした背景があるからこそ、いまもって「親亡き後」論が語られてくるのだそうです。2011年の大震災における障害者の生活困難は、障害者の地域拠点が壊滅したからではなく、介助していた家族が介助できない状況になったから生じたものであり、家族に依存する障害者の介助の実態が露呈されたと言えるのです。また、被災地以外においても、高齢の親と障害のある子どもとの生活が続き、70~80歳の親が50~60歳の子どもを殺す事件もあとを絶ちません。また、からだの大きさが逆転したとき、障害のある子がその親を虐待するような場面も出てきます。こうした「老障介護」の実態が解消できないところに、わが国の福祉の弱点が垣間見えると指摘されました。

さらに、差別解消法や虐待防止法においてどれだけよいことが述べられようとも、総合支援法によって実質的に得られるサービスがなければ絵に描いた餅にならざるを得ず、それらは車の両輪であると述べられました。福祉の量や質が担保されなければ、差別や虐待を防ぐことはできず、また逆に、福祉利用者が実質的に利用可能な人権救済システムがなければ、基本的人権はないに等しいと言えるのです。

 

 

●合理的配慮と意思決定支援

 

差別解消法の合理的配慮においては、「女性に対する合理的配慮」の例を挙げられました。つまり、これまで男性しか働いていなかったところで、女性にも門戸を開くようになった。とりあえず男性100名に対し、女性を2名採用した。まずはトイレ、男性の大便器で済ませてくれ、とはいかないだろう。きちんと女性用トイレを作る。また、更衣室も男性と同じ部屋でカーテンで仕切るぐらいではダメ。きちんと男性とは別の更衣室を作る、生理や妊娠など、女性に固有の状態に対応する職場の決まりを作る、こうしたことが「女性に対する合理的配慮」の一例だと言われました。障害者に対しても、理屈はこれと同じです。ただし、障害者の場合は多様性の異なりようが人によって大きく違ってくるので、そのあたりの配慮は必要だと言われました。例えば、同じ視覚障害であっても、全盲と弱視では支援のあり方が違いますし、先天的なものか後天的なものかという発症時期によっても必要な支援は異なります。夜盲や色覚障害もあります。点字が読める人もいれば、読めない人もいます。白杖で歩く人もいれば、盲導犬を連れた人もいます。このように、人によって中身の違う支援によってその人の生きる幅を広げるような取り組みが合理的配慮である、と言われました。

くわえて、差別解消法における合理的配慮の基本的な考え方では、「意思の表明」も議論の焦点となりました。条文原案においては、障害者側からの意思の表明があってはじめて、合理的配慮を行うとされていました。しかし、粘り強い当事者側からのアプローチにより、多様な意思の伝達手段や補佐による意思の表明が認められ、さらには、意思の表明がない場合においても、合理的配慮を当事者に提案するなどの努力が課せられました。これは、従来の福祉が申請主義であったのに対し、それを超える可能性をもつものだと言えると述べられました。

最後に、意思決定・表明支援というのは、支援の前提にあって、本人の社会参加の選択肢の幅を広げることであることを述べられ、本人が「こんなことがしたい!」という思いを表明することを支援することだと述べられました。また、支援者は、複数の人、多様な専門職のチェックにひらかれ、自分の立ち位置に自覚的になること、そして、リスクを犯したり失敗をしたりする危険性を最初から摘み取らないことが大切ではないかと述べられました。障害者本人にとっては、失敗体験も成功体験と同じぐらいに重要です。失敗させないようにするのは、失敗が起こってパニックになる当事者と一緒に悩むことを放棄する、よくない支援であるかもしれないのです。本人が失敗したら、本人の困りに寄り添うのが支援者の役目です。うまくいかなくても、うまくいかなさを当事者とともに共有することの大切さを述べられ、北野さんの基調講演は終わりました。

 

 

●調査提言事業の本格実施へ

 

続いて、今回のフォーラムを開催するに至った調査提言事業を行った拓人こうべの山根修一さんより、事業の中間報告がありました。兵庫県下の市町において障害者サービスに関する調査をしたところ、障害者当人のニーズがカウントされないようになっていることがわかったそうです。世界の大きな流れは、国内の地方分権の動きの中、市町レベルにおいて障害者施策を実現していくべきであり、今後、本格的な調査の必要があるということでした。

 

 

●淡路島からの報告

 

10分の休憩の後、パネルディスカッションがはじまりました。まずはNPO法人ぶったぁ福祉会理事の中谷秀子さんから淡路市における取り組みの紹介がありました。神戸の教育を創りだす会から淡路島においても就学運動を展開され、卒業後の行き場として作業所・グループホームを作っていかれます。現在、淡路市、洲本市、南あわじ市の3市があり、地域移行、定着に関しては、入所施設の充実が大きく、数値目標も3人とかで、グループホーム希望は1人しかいないそうです。高齢者のグループホーム助成に対し、土地や建築にかかる費用に関し、障害者のグループホーム助成は27万円、エアコンを設置したら終わりだとのことです。親離れや子離れができていないなかで、本人の希望を聞くのも難しいです。日中事業への助成もなく、厳しい状況とのことです。

 

 

●神戸市に向けた取り組みからの報告

 

2人目は障問連の石橋宏昭事務局長が、神戸市の動きを報告されました。神戸市の障害福祉計画には、数値目標がなかったこと、市の推進会議においては、当事者参画が3人しかなかったことが述べられました。新設された「くらし部会」では、重心父母の会などが新たな施設づくりを要望していること、神戸市は西区や北区に大規模施設を建設する傾向があるが、東灘・灘・中央区に小規模なグループホームの建設が少ないことなどが報告されました。「親なき後」と「なき」をひらがな表記にしてほしいという意見があり、これは実際に亡くならなくても、親の体調が悪く介護できないということまで含んでほしいという意味で、重心父母の会や育成会なども、グループホーム、地域へという流れを一定理解してくれたことは収穫だと言われました。神戸市として直営のグループホームという案も出されたようです。グループホームの定員が職員比にして職員の数が足らず、現実的に人材が足りないため、若者の雇用促進とつなげつつ、グループホームを若者の働く場すなわち若者特区方式の申請をすればよいという意見も出されたようです。推進会議の制度分科会においては差別解消条例を作る方向で進められており、作った後にどうしていくかについて、宝塚市や明石市の動きも見つつ考えていきたいという報告がなされました。

 

 

●大阪での取り組みの報告

 

3人目は、障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議の細井清和執行委員です。大阪での取り組みとして、介護を社会的労働としての仕組みや制度にしていくため、実態を作り、実践を積み上げていくことの大切さを述べられました。そのために、行政への働きかけの糸口をうまくつくること、大阪府、大阪市、堺市などとは、全体の交渉は短時間で行い、課題ごとに窓口を作らせる、ワーキンググループに入れてもらい、そこで政策の議論をするという話をされました。介護支給の仕組みを、「基準量の支給+必要な介護への加算方式+非定型(話し合いによる)支給」というように作りたいと考えています。グループホームと施設の違いは、親にしてみれば「そこでずっと暮らしていけるのか」という不安の有無の違い、一人暮らしは親は反対するため、どうしても施設へ、という発想になってしまう。障大連は、楠敏雄さんが青い芝から広げて作っていった。介護問題では力を発揮する。しかし差別解消法のような多岐にわたる課題に対する取り組みは必要で、JDFの大阪版、ODFのような組織を作っている。交渉のときに行政側ではなく運動側の立場に立つ学識者の協力も必要である。若い人が入って来れる組織に、そして年配者もその役割を果たしていくことが重要である。知識や理論もそれなりに必要、運動側も調査したり制度のことを知る必要がある。ただ行政も3~4年で異動するので、そのぐらいのスパンで制度を知っておくのがよい、そのような話しをされました。

 

 

●差別解消法施行間もなく、東京から

 

最後は『季刊福祉労働』編集長の石毛鍈子さんでした。石毛さんは1979年の養護学校設置義務化闘争、金井闘争にかかわり、「障害児を普通学校へ全国連絡会」で就学闘争支援をされた経験があります。衆議院では、障害者基本法改正に尽力され、総合福祉法(現・総合支援法)、差別禁止法(現・差別解消法)の入り口までかかわり、その後の自公政権に申し送った。差別解消法にPDCAサイクル(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Act:改善)を入れさせたのは大きい。法律ができて終わりではなくここからがはじまりだと言われました。また、2016年3月上旬上程予定とされている総合支援法の改正で、入院時のヘルパー派遣が可能になったことは一定評価するとしながら、経済財政諮問会議において、要介護1,2の人は介護保険から外すとしたり、また介護保険を40歳から30歳に引き下げようとしたりもしている。そのようななかで、障害者福祉と介護保険とを接近させ、いずれは統合させる動きや、また、自公で提出予定の成年後見制度利用促進法案において、医療同意の問題が本人を無視して行われるようになってしまわないかについては、注視して反対の声を挙げていかなければならないとおっしゃっていました。

 

 

●質問など

 

フロアからの質問として、訪問介護事業所の方から、うちは、高齢者も、精神障害者も、胃ろうや人工呼吸器ケアも、同じヘルパーにやってもらっていたりする、ヘルパーは暮らすために働いているが、ヘルパーや事業所としてどのような意識で臨めばよいかというものがありました。障大連の細井さんからは、総合的な問題であるとして、①新しく入ってくるヘルパーに対する期待値を、ゼロでもなく、高すぎもせずというところに抑える、②運動と事業とを半々ぐらいに考える、③ときにはヘルパーと意見を交わす、「ただお金のために働いている」ほかのことも思っているかも、④かかわっている当事者の生活史からヘルパーの意義を考えてみる、⑤インターネットを活用して求人をしてみる、という回答がありました。また北野さんからも、「ミュージシャンや芸術活動をやっている人を、介護の世界に引っ張り込んだりするのは面白い」というアイデアがありました。明石の金政玉さんもフロアから、明石での取り組み(手話言語コミュニケーション条例、差別解消条例、欠格事由の削除)の報告がありました。最後に石毛さんから、法律制定や施行には実態作りが必要不可欠なこと、またそもそも消費税の増税分は、介護人材育成のために使われるべきものであり、自治体の予算を注視していく必要がある旨の発言があり、パネルディスカッションが終了、フォーラム自体も閉会となりました。

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