新聞記事から

【報道】 新聞記事より(グループホーム建設への住民からの反対運動について)

【報道】 新聞記事より(グループホーム建設への住民からの反対運動について)

野崎泰伸(障問連事務局)

 

2015年年始より、毎日新聞は「<わかりあえたら>不寛容時代に」と題し、特集記事を組んでいました。全7回にわたるこの連載は、原発事故による被曝地住民たちの対立、嫌韓本に代表されるヘイトスピーチをめぐって、そして、電車内のいわゆる「ベビーカー論争」など、時宜を得た「対立」に関して取り上げていました。

その中で、年明け1日に掲載された記事が、住宅街の住民たちが起こした、精神障害者グループホームへの反対運動についてでした。川崎市北部の住宅街に移転を計画する精神障害者のグループホームに対して、住民たちは「原発も安全と言われながら事故が起きた。精神障害者は本当に安全なのか」「社会的地位の高い住民が多い地域に来ないで」ということばを浴びせたのです。そして、「精神障害者 大量入居 絶対反対」と書かれたのぼりや横断幕が10本ほど立てられたのです。さらに、この事態を助長させたのが、近くに住む医師です。経営する医院のブログに、「精神障害者にも幸せに暮らしてほしいが、まともに働いて税金を納めている人の生活を阻害してはいけない」という書き込みをしたのです。医院の受付に反対の署名用紙を置いたところ、署名は1ヶ月で1000人を超えたそうです。

記事には、次のようにつづられています。

 

女性医師の家で玄関先に出てきたのは、医師らとともに運動の中心とされた70代の夫だった。大手企業の元役員だという。

「一番の当事者の住民には何も解決できない」。矛先を向けたのは、13年に成立した障害者差別解消法。グループホーム建設を巡っては各地で住民とのトラブルが起きており、障害者の人権を守るため、付帯決議で建設に住民同意は必要ないと定めた。「今は弱者が強くなっている時代。でも我々も強者ではない。普通の住民なのに」。唇が震えていた。

 

昨年、神戸市においても、市営住宅に精神障害者のグループホームを作るという動きに対して、市営住宅の住民たちから反対の声が上がり、市議会に建設中止を求める陳情書が提出されもしました。確かに、差別解消法の付帯決議においては、グループホーム建設に際して近隣の住民の同意は不要であるとしていますし、近隣の同意がなければ障害者が好きなところに住めないならば――そして、そういう事態はいまだにありますが――、それは障害者差別に当たると考えられ、一方では差別解消法の言っていることは正しいと考えられます。

しかしながら他方では、記事にある声のように、私たち「普通」の人々に対する「逆差別」である、というような主張も出てきました。今後、差別解消法の周知期間がはじまる2015年4月から、このような主張もまた多くなるのではないでしょうか。

差別解消法が悪いのではなく、差別解消法を希求してきた当事者たちの粘り強い運動を軽視したうえで、結果としての差別解消法だけを見ることに、事態の根本的な問題があるのではないでしょうか。また、差別解消法以前から、障害者も健常者も共に生きる社会づくりを、私たちは目指してきました。障害者が一方的に健常者に理解される存在ではないことも、私たちは訴えてきました。差別解消法や障害者権利条約という強い味方を、私たちは勝ち取ってきました。ただ、障害者と健常者とが現実的に分けられてしまっている社会において、これからも粘り強い取り組みが必要なのではないか、そのように感じました。

「我々も強者ではない」――とりわけ現政権は、強者をすら弱者にし、弱者をさらに弱者へと落とし込んでいます。私たちは、対立構造に落とし込まれるのではなく、「強者ではない」からこそ、連帯していくことこそが、共倒れ社会を防ぎ、「わかりあえない、不寛容な時代」を打ち破っていくことなのではないかと思います。

 

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