2011年8月 教育集会 一木玲子さん講演報告
2011年8月8日 障問連教育集会
一木玲子さん講演報告
国・県教委が進める教育再編に抗して、どんな子どもも共に生きる教育を
一木玲子 (インクルーシブ教育推進ネットワーク・事務局)
(筑波技術大学准教授)
(障害児を普通学校へ・全国連絡会運営委員)
今日、このような機会を設けていただきありがとうございます。先ほど行われた交渉にも参加させていただき、今後につなげていくには、どうしたらいいのか、私もとても考えさせていただきました。
★「共に教育を受ける」方向を示した
改正・障害者基本法
今回、障害者基本法の改正が行われました。障害当事者が国の内閣府の障害者制度改革推進会議の中に入り、活発に当事者の意見を国政に反映させようとしています。その一つとしてこの基本法にもどう反映させていくのか、私も教育の分野で関わらせていただきました。この改正案は、6月15日衆議院の内閣委員会で可決され、7月19日に参議院を可決、翌日本会議で成立し、8月5日に施行されています。基本法第16条には教育についての条項があります。元々の改正前の基本法では、障害のある生徒とない生徒との関わりについては、「国及び地方公共団体は障害者である児童及び生徒と障害者ではない児童生徒との交流および共同学習を積極的に進めることによって、相互理解を促進しなければならない」としか書いていなかった。今回の改正に当たって、「共に教育を受ける」、この文言をどうにか入れられないか、その事で私も動きました。結果として、第一項に「共に教育を受けられるよう」という文言が入りました。ただ、「可能な限り」とか「共に教育を受けられるよう配慮しつつ」というような弱い表現になりましたが、この点は、どうしても文科省が譲らなかった。本来は「共に教育を受ける事を原則とし」という事も入れたかったんですが、これも文科省が絶対ダメだと言って譲らなかった。でも「共に教育を受ける」という言葉が入り、しかも「交流及び共同学習」の前の第一項に入った事は評価していいんじゃないかと思います。
この、「可能な限り」の解釈ですが、村木厚子さん(内閣府政務統括官)が、「・・・この表現が一番良かったかどうかという問題はありますが、私どもが込めた思いとしては、基本的な方向に向けて最大限努力するといった趣旨で、こういった表現を使っている」と述べています。一定のものは獲得できたかとは思いますが、しかし、ご存知のように国旗国歌法でも国会質疑では大臣答弁でも「強制はしません」と言いながら現在の状況もあるわけですから、これを使って私たちがどう周知させるために動いていくのかが、今後の課題になります。このように今回の基本法改正は、今までのような分けた上での交流・共同学習ではなくて、「共に教育を受ける」事が、第一項、それが基本なんですよということになりました。
★ 定時制統廃合とつながる文科省の特別支援教育
それで、今回の昆陽特別支援学校は、交流・共同学習の何者でもなく、基本法改正の趣旨から言って、逆行です。今後、県教委ともこの基本法の趣旨に則るよう交渉していく余地はあると思います。ただ、昆陽特別支援学校と多部制高校が同じ敷地内にあるというこの形、私は感想として、「とうとう来たか」。特別支援教育が始まった時、一体これは何なんだ・・・どうもおかしいぞ、と考えてきた。具体化された形が、実はこれなんだ、これが特別支援教育の正体だと納得しました。
定時制高校の統廃合は、東京ではすでに始まり、兵庫、広島でも動いています。こういう定時制がつぶされていく高校教育再編、そして一方で障害児教育に関しては、特別支援教育が「インクルーシブの第一歩」だと文科省は言っている。この二つが私の中でつながりました。日本の教育政策が、こういうものを求めているんだと思いました。
昨年の5月に国連「子どもの権利条約」の日本の審査会がスイスのジュネーブであり、大阪の定時制高校に通っている車椅子の女の子と、「バクバクの会」事務局長と一緒に行きました。ジュネーブでは、「今の日本の特別支援教育はインクルーシブ教育ではない」という事と、「定時制高校の統廃合で子どもの教育の場が奪われている」という二つの事をアピールしてきました。インクルーシブについては反響がありましたが、定時制の問題ではそうならなくて申し訳ないなと思ったんですが、自分で、この二つの問題をアピールしながら、つながっていなかった。でも、兵庫の今回の問題を見て、ようやくつながった。定時制高校をつぶす事と、特別支援教育はインクルーシブだという文科省の原理は同じなんだと思いました。
★ 労働環境により作りだされる障害者
では、その原理は何か、そこには障害とは何かという事に関わります。実はこの20年間で障害の捉え方が変わってきている。典型的な例が発達障害。変わった原因は何かと言うと、社会状況が変わったから。ストレートに言うなら労働環境、就労状況が変わったからだと思います。労働環境が障害者を作ると言う事は良く言われる事で、日本の歴史的に位置付けると、現在は第三段階に入っている。第一段階は、日本の明治の近代化に入った時で、それまで自分のペースで一人の職人が物を作る、例えば服を作るとすると、服を作る前から完成まで、自分の目の見える所で行われていたことが、近代に入り工業化され工場ができラインができると、自分は今一体何を作っているのかは分からない状況が生まれてくる。チャップリンの映画『モダンタイムス』で描かれていましたが、ラインの作業についていけず解雇される。この作業に適応できない人が障害者と位置付けられた。ここで身体障害者や知的障害者が労働力として見なされず障害者と位置付けられたのが第一段階。この時代に知能検査も導入され効率が重視されました。
第二段階が、日本の敗戦から高度経済成長期、バブルがはじけるまで。この時代に就労可能な者、そこで医学的な障害の定義が採用され軽度の者は働く、重度な者は施設収容という形で、障害の定義が軽度・中度・重度に分類されていった。就労可能な者から学校に入るという形です。
そして今が、第三段階の時代だと言われています。バブル経済の崩壊の後、個人と社会との関係が問われている時代、つまり、労働で見ると、農業や物を作る工業等の第一次・第二次産業に従事する人が極端に少なく、第三次産業のサービス業が約90%と大多数を占める時代になった。そこで問われるのが、サービス業は人と人のコミュニケーション、人と関われるかどうかという点が分岐になり、人と関われないのが障害として認識された。それが発達障害の定義が出てきた契機だと言われています。「空気を読む」という事が当たり前のように言われ、「空気を読めない」人は働けない、働く能力が低いとなりかねない状況の中で、コミュニケーション、その場に適した行動ができない、そんな事が個人の能力として評価される、そこで発達障害がすっと入ってきました。従来の医学的な障害の程度がズレた。知的障害がなくても障害と認定されるようになりました。そもそも障害とは社会が作りだすものですから、社会自体が変わってきたのです。
★「できない者」を追いやる教育再編
バブル経済が崩壊し始めた頃から21世紀を目指した教育が言われ始めて、そこで日本の公教育のあり方が変わってきた。中曽根首相の臨教審路線。市場主義が学校に入ってきた。本来、教育とは公共のものなので競争は馴染めないとされていた事が、市場主義の導入により、学校間や個人を競争させる事によって成果を高めていこうという考えが1980年代後半から。この時代から、ゆとり教育が見直され学力テストも開始された。競争原理を入れることで質をドンドン高めていく中で、一番恐い事は、質が高められなかったら、それは自己責任。市場主義は自己責任とセットになる。そこで障害者はどうなのかと言うと、自己責任ですので、発達障害とか就労可能とされる人はドンドン就労に向かって駆り立てられる、つまり「自立」に向かわされる。さらに、自立に向かわされる発達障害や軽度の障害者と共に、重度な障害者はどうなのかと言うと、自己責任ですから、あきらめを強制される。それに対して、保護者や教員も本人も、そんな流れを否定できなくて、このような流れが私たちの中にでき上がっているのが、今の時代だと思います。
今回の昆陽特別支援学校と多部制高校の問題ですが、この政策はこの原理を元に動いているのだと思いました。定時制高校の再編も、この自己責任が障害者だけでなく社会全体に行きわたっているので、私たちが抗いきれない状況にあると思います。このような日本の教育政策が子どもをバラバラにしている。子どものニーズに合わせバラバラにし多様化し自立に駆り立てているからこそ、この昆陽高校・特別支援学校ができていると思いました。かつて、文科省の教育委員も務めた作家の三浦朱門という人が「できない者はできないままで結構、戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げる事にばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばす事に振り向ける。100人に1人でもいい。やがて彼らが国を引っ張っていく。限りなくできない非才・愚才には、せめて実直な精神だけを養ってもらえばいい」という発言をしています。要はエリートを養成し、エリートになれない者は、それなりの教育をすればいい。この新自由主義の欠点として、国に反逆する、反抗精神を持ってくる者が必ず出てくる。それに対する対策として、「せめて実直な精神だけを養う」。今の日本の教育政策は、学力テストによる競争と、国旗国歌法が同時期に入ったのは、この新自由主義による道徳として入ってくる。この流れの結果、エリート養成とそうではない子が「実直な精神」を学ぶ場としての高校教育再編、それと特別支援教育が合致したのだと思いました。
★インテグレーションから
インクルージョンへの流れ
今回のこの兵庫での動きとして、同じ敷地内にあるから「ノーマライゼーションの礎」と、うまい言葉を使っているなあと思います。しかし背景には、まず土地代として安価であること、もう一つは一般就労を目指すに当たって特別支援学校を卒業しても健常者と一緒に話せる障害児を作らないといけない、そのために「共同学習」が必要、そういう意味で「交流」させるのだと思います。実は、この流れはインクルージョンの流れとも合致している。インクルージョンと最近言われますが、インクルージョンの前は統合教育=インテグレーションという言葉が言われた。この違いは何か。これは学問的な概念で、私はイタリアの障害児教育を研究していますが、イタリアでは養護学校(特別支援学校)がない国です。イタリアでは1970年~インテグレーションという言葉を今も使っています。しかし内実はインクルージョンです。アメリカでは、インクルージョンと言われながら、インテグレーションではないかという実態がある。もちろんべースはノーマライゼーションです。それまで遠くの施設に追いやられていた障害者が地域社会で共に生きていこうと言う考えが基本にありますが。改めて説明すると、インテグレーションは障害の有る無しで人間を分ける。障害の有る人と無い人を一緒にするもの。その方法として場所的統合。ヨーロッパにはよくあるんですが、地域の小中学校の敷地や地域社会の中に養護学校を作っていく動きがあったが、これが場所的統合です。次に社会的統合、これが日本でも行われる交流および共同学習。場所は違うけれど、美術とか体育とかは一緒に学ぶ。三つ目が機能的統合と言い、子どもの状況に合わせてカリキュラムを変えていく事。この三つがインテグレーションの形としてある。そのペースは、あくまで障害者のニーズに合わせてやりましょう、障害という特別なニーズがあって、それを守り合致する形で統合する事がインテグレーション。だから年齢が問われなかった例がある。例えば、発達段階に合わせて小学校5年生だけど3年生のクラスに入るとか、その子の特性が重視された。
こけに対してインクルージョは、子どもはそもそもみんな多様だ、障害の有る無しでなく、みんな違うという考えで、障害者は特別ではないんだ。多様な子が一緒に過ごすことで、その多様性を保障し合う学校を作ることで、差別のない社会を作る力を学校で付けましょう。つまり、それにはカリキュラムや学校の改革が前提なんです。今の学校ではできない、学校を変えていく事、多様な子どもたちが共存できる学校に変えていく事、それが今後子どもたちが社会で生きていく力になっていく、それがインクルージョンです。
今回の昆陽特別支援学校は、場所的統合により場所は一緒にして、社会的統合により交流及び共同学習をしましょう、それが今回の意図です。だから、これはインクルージョンではありません。国際学会では、北欧の国が、コロニーから地域社会に住めるようにして、特別支援学級を作って受け入れていますと報告したら、それに対してドイツの研究者から「それは古い考えですね」と批判された。今回の兵庫県教委が進めている事は、ノーマライゼーションの古い形だと思います。
特別支援教育全体が、文科省の意向としてこの兵庫のような動きになっていくと思いますが、横浜では「ふたご学校」として以前から養護学校と地域の学校を同じ敷地内に建てている取り組みをしている。どうしてこのような取り組みに日本がなっているのか。一つ目は、現在の社会を肯定しているから、今後の共生社会を子どもたちが変えていき創り上げるものだという前提に立っていない。今の市場主義の就労体系に子どもたちをどこに位置付けるのか試行錯誤している。その結果、やはり就労につながる学校を作る。二つ目としては、障害児をいつまでも特別な存在と捉えている結果、分ける所から脱せない。障害者の定義として、「特別な人ではなく、支援を必要とする普通の人」という定義が国連にはありますが、そういう考えにはなっていない。あくまで特別な市民でしかない。大人が絶えず手をかけて指針を示して自己決定の機会を与えていない、そのような子どもとしてしか見ていない。その子を信じていない。共生共育の現場ですごいと思うのは、先生たちが子どもを信じている。子ども同士がどういう関係を作るのか、すごく待つ。子どもを信じる。障害児の力を信じる、それが共生共育だと思います。
★ 諸外国で取り組まれるインクルーシブ教育
今日の交渉で残念だった事は、インクルージョンの研究で色んな国を回っていますが、イタリア・スペイン・カナダの一部やドイツでは、「フルインクルージョン」という形で特別支援学校を無くして、みんな地域の学校に行っている国は確かにあります。しかし、そうではない国でもインクルージョンと言う国も確かにあります。アメリカは州政府なので州によって違うし、フランスは非常に学力を重視している。イタリアでは特別支援学校を全部無くし、高校ではベースはみんな一緒で、選択ができる形ですが、そうではなくてニーズによって場を分けている国を見ていると、軽度の人から学校に入っているのが現状で、障害の重い人は学校に行ったり就労ができない。つまり障害の程度~働けるか働けないか、が、どうしてもネックになりそれに苦しんでいる学校の先生を沢山見てきました。その中で、外国で、例えば重い障害者が定時制に行っているとか写真を見せて説明すると、「日本は素晴らしい、トップレベルだ」と驚かれる。日本の医療的ケアは世界一だと思います。イタリアでさえやっていない。経済的な理由もありますが、外国から見ると「日本はITがとても発達しているのに、なぜインクルージョンではないのか」とよく聞かれますが、「視覚障害・聴覚障害はITが発達したら、もう障害ではない」と外国では言われます。また「学習障害もフォローの仕方さえ分かれば分ける必要はない」と、はっきり言われます。ここに居られる住田さんら当事者や親の頑張りによって実現できた共生教育は、世界でもトップレベルだと言われますが、しかし日本の行政の人たちには行き渡っていなくて、遅れた形で進めているのが、とても残念です。しかし、文科省や教育委員会のインクルージョンの考えを変えようとしません。兵庫のような高校教育再編は今後とも全国で進められていくと思います。その中でどうすればいいのか。
★ 共生共育から共生社会へ
今、東北の方で地域の小中学校の敷地に特別支援学校の分校を作る動きがある。地域には近づくが、どうしても壁を作り分けてしまう。そんな形がインクルージョンだと日本の特別支援教育が進められていくのだろうと思います。それを私たちがどう考えていけばいいのか。今の社会全体の流れで多くの人が要望してしまう流れや価値観がある。しかし、そんな流れは決して共生社会には結びつかないと言い続けていかないといけない。皆さんは定時制高校にもなかなか入れなかった壁を破って入り、地域社会で共に生きていく道筋を切り開いてきたパイオニアです。今の日本の国の動きはありますが、これまでも壁があり、どう穴を開けていくのか、きっと皆さんも策を持たれていると思うので、希望を捨てずに、共生共育から地域社会で共生できる社会を目指し、一緒に取り組んでいけたらと思います。(終)
【会場からの質疑応答】
● (質問)・・・「普通学校で共に学ぶ事を国や行政に求めると、お金がかかると、それができない理由のように言われる。諸外国ではこの点をどうクリアーしているのか?」
(一木さん・説明)
OECDの報告では、実は分離教育制度よりも一緒に学ぶ方が、国家予算としては効率的だという報告があります。それでもイタリアでも毎年毎年、「お金がかかるからインクルージョンは止めよ」と国会審議で出されていますが、分離教育の方が安上がりというのは違います。日本の中で分離教育制度が出来上がってしまっているので、この制度を変えるのにお金がかかるから、そう言われるのです。養護学校の子どもの年間一人当たりの経費は、地域の普通学校の子どもの経費の10倍ですから、実はお金はあるんです。しかし、そのお金を普通学校にいる障害児には使えない、そういう制度がないから問題なんです。また地方分権の流れの中で、国の予算になっていない物は、全て自治体で負担しなさい、自分で賄いなさいとなってくると、余計にお金がない。けれど実はお金はあるけれど制度的に使えない、だから制度改革を進めていく必要があるんです。
● (質問)・・・「お金の問題もあるが、障害児が普通学校に入ると、他の子どもの親が反発することもある。どう考えたらいいのか」
(一木さん・説明)
市場主義の価値観の中で、自分の子を自立させるにはどうしたらいいか、一生懸命考えている親からすると、障害児が入ったら困るとなる。そういう社会になるんだという事、これは共生社会ではない。兵庫や大阪など関西と東京が違うのは、やはり共生共育のペースには人権を守る、人権を保障するという背景がある。諸外国を見ても、人権を守ろうと動いてきた国がインクルージョン教育を行っています。イタリアでは1968年から始まり、精神科病院に閉じ込める事は人権問題だと言う事から始まっている。最近、フランスが2005年にインクルージョンを始めた。元々フランスは日本と同じで高校受験が厳しくて学校格差もあった。しかし、フランスがなぜ変わったのかと言うと、障害者権利条約による。EUでトップの国として体面も考えて変更せざるを得なかった。日本も外圧に弱い国なんで、権利条約の批准がチャンスなのかと思います。
● (質問)・・・「基本法は改正されたが、文科省は反対と聞くが、状況はどうなっているのか」
(一木さん・説明)
文科省の中の中教審に、権利条約批准に際してどうするのかを検討する特別委員会が設けられている。今の教育制度がやはり条約にひっかかる。何故かと言うと、障害の有る子と無い子を分ける=「異別の取り扱い」をしている。就学の際に、紹介の無い子は市町村の教育委員会が事務の取り扱いをし、障害のある子は県の教育委員会が取り扱う。それが異なっている。ここが条約にひっかかる。分離教育制度に則っているので、そうなっている。文科省としては、この教育施行令第五条を変えようとしている。今、障害の程度による就学基準の表があるが、医学的な基準で一律に就学先を決定する、「今の仕組みは変えます」と文科省は言っています。では、どう変えるのか。みんな地域の学校に行くのかと言うと、そうではなくて、障害のある人は市町村教育委員会で、保護者の意見を聞いて最大限尊重しつつ専門家の意見を総合的に判断して、最終決定は市町村の教育委員会というように就学の仕組みを変える動きをしています。これらを特別委員会で今、議論していて、その中にも障害者の委員も入っていますが、文科省の設計図みたいなものがあって、それに沿って走っていくような形で会議がすすめられている。今までのように「歩けないから特別支援学校に」という事でなく、相談して決めましょうという方向に変わるようですが、しかし、それでは今までと変わらない。今までも就学指導委員会があり、就学相談があり、話しあって決めているわけですから、今までと実は変わらない。むしろ、例えば車椅子でも学力の高い子どもは地域の学校でと、障害でなく学力の部分で切られ、障害者がバラバラにされていくのではないかと思います。文科省は、一貫して、今の特別支援教育を充実する事がインクルーシブ教育につながるんだと明言している。今回の基本法改正でも、「共に教育を受けられるよう」という言葉が入った事は、文科省が「共に教育を受ける」事を認めたわけですが、しかし文科省の「共に教育を受ける」というイメージは私たちの考える、障害のある子もみんな一緒に地域の学校で、というものとは全く違うイメージをはっきり持ち、それを前提として「共に・・」という文言にOKを出したのだと思います。
● (質問)・・・「共に教育を受けられるように」という文言が入った意義はあると思いますが、その前提に「能力や適性に応じて・・」とあり、これでは従来通りになるのではないか。
(一木さん・説明)
「能力・適性に応じて・・」という文言も外したかったんですが、どうしても文科省は了解しなかった。ただ、「特性」というのは、内閣府の園田議員が、「この特性は社会モデルだ」と言ってます。医学モデルによる障害の状態・障害特性ではなく、社会が作りだしたバリアとか制度の問題も含めた特性だと答弁しています。
このように今回の基本法の改正は、「可能な限り」という文言が入ったり、不十分な面があり課題は多いんですが、一つ希望としてあるのは、基本法第4章で「障害者政策委員会の設置」があります。今の内閣府の障害者制度改革推進会議は、実は法律根拠がない。例えば政権が変わったら無くなってもおかしくない。それは困ると言う事で、今回の基本法に「政策委員会を設置しなければならない」と明記させ法的根拠を持たせて、これまでの推進会議のように障害当事者も入って議論する枠組みを継続できるようにしました。そして、この政策委員会は、「・・・調査審議し必要があると認められるときには内閣総理大臣または関係各大臣に対して意見を述べる事ができる」という項が入りました。例えば文科省にも意見を述べることができる強い権限が与えられたわけです。今回の基本法の改正も第一弾で、今後どんどん改正していく、本来5年ごとの見直し・改正ですが、今回は3年後に見直す事になった。そこで、不十分な面を政策委員会からも提言をして変えていく事ができます。
9月 16, 2011