書籍

【書籍紹介】 『バクバクっ子の在宅記』(平本歩著、現代書館)

平本歩さんのお母様より、障問連に歩さんのご著書をいただきました。ありがとうございました。(事務局)

 

8月15日、表記の本が発行されました。「インクルネット西宮」で一緒に活動する歩さんのお母さんから本を購入しました。お母さん談:「最近、歩が昔のことをよく聞く。何故そんなことを聞くのかなと思っていたら、本を出版すると他の人から聞いてびっくりした・・・」と苦笑い。幼少のころは記憶がなくバクバクの会の記録なども引用しながら、それでも現在の自分思いも含めて出征から呼吸器装着、入院時のこと、退院から在宅生活への記録が、前例のないチャレンジ・・・ご家族の想像を絶する苦労が、歩さんの語り口で平易に深刻ぶらずに記されている。保育所時代からは自ら書かれた日記、それは最近まで続いたものですが、2~3行ほどの短い文章に日々のできごとや思いが記され、失礼かもしれないが、とっても面白い!!。入院時の「びょういん きらい」、ストレッチャー式の車いすを手作りされたお父さん、兄弟とのこと、「鬼」と言いつつ繰り広げられる日々のお母さんとのやり取り・・・すっぼんのようにしつこく、いらち、そして思ったことは絶対に実現する、仕事への思いや、垣間見られる恋心・・・自立生活してからヘルパーさんたちとの沖縄旅行や講演の旅、失敗も含めて記されています。また、幼いころからの恒例行事となった登山やスキー・・・中学校のスキーでは「330mを55秒で滑ったよ」との日記・・・でも歩さんは時速100キロ出したかった。スキーをしない私にとっては「そんなん大丈夫なの?」とびっくり。

人工呼吸器を使っていることで、よく言われる「安全性 命の危険」・・・それにより当然のごとく強いられる制限、そんなことを歩さんは見事に吹っ飛ばしてしまう。お母さんからは何度も聞いていたのに、頭を殴られたような思いで読みました。私はかなり以前から歩さんと出会っていましたが、私の差別意識により直接お話しすることはありませんでした。数年前、私も関わる集会に来ていただいたときに福祉センターの玄関口まで出迎えに行き、挨拶すると、即座に「彼氏じゃないよ」とヘルパーさんに伝える歩さん・・・なんと機転のきくユーモアにあふれた人なのかと初めて知りました。そんなことを言いながら、私のことは無視していそいそとバリバラで有名なTさんに会いに行かれ、写真を撮られていた歩さんでした。そんな歩さんの人間性あふれる本です。同時に小学校から高校まで行かれ、その度に市教委や学校と連日交渉され続けられ、何度も新聞のも取り上げられたけれども、現在就学にチャレンジする保護者に市教委は「平本さんもずっと親が付添しましたよ」と捻じ曲げてしか伝えない市教委への憤りをお母さんはいつも語られています。直接、歩さんとお付き合いする機会はありませんが、活動を通じてつながっていきたいと思います。皆さん、ぜひ購入下さい。(栗山和久/障問連事務局・インクルネット西宮)

 

以下、産経新聞掲載の平本さんの記事です。ぜひ、お読み下さい。

 

■わずかな舌の動きでPC操作し“会話”-難病「ミトコンドリア筋症」平本さん自伝出版へ

産経新聞2017.8.15 07:53更新

http://www.sankei.com/west/news/170815/wst1708150012-n1.html

 

 

全身の筋力が低下する難病で治療法が見つかっていない「ミトコンドリア筋症」で人工呼吸器をつけながら一人暮らしをする平本歩さん(31)=兵庫県尼崎市=が今月、自らの半生をつづった自伝を出版した。話すこともできず、舌のわずかな動きでパソコンを操作し執筆。ほとんど体を動かせなくても、懸命に自らの意思を伝える生き方に共感が広がっている。(加納裕子)

 

顔の筋肉が動かなくなる前に自伝を

本の題名は「バクバクっ子の在宅記 人工呼吸器をつけて保育園から自立生活へ」(現代書館)。「バクバク」は簡易呼吸器が作動する音を意味するという。

舌で動かせる特殊なマウスによるパソコン操作で、会話の文章作成などを行ってきたが、ここ数年、それが難しい日が増えた。顔の筋肉が動かなくなる前に「人工呼吸器の使用者や障害者の参考にしてもらうため、自伝を書く」と決意。執筆に取り組んできた。

平本さんは生後6カ月で人工呼吸器をつけた。気管を切開したため話すことができず、体もほとんど動かせずに寝たきり。食事は胃瘻(いろう)で人工栄養だ。

 

父は「自立に向かって邁進せよ」の遺言を残し病死

4歳のとき、本人の強い希望で病院から在宅生活に切り替え、地元の保育園から小、中学校に進み、受験にも挑戦して高校に通った。高校卒業の2年後、常に付き添っていた父親が「自立に向かって邁進(まいしん)せよ」との遺言を残して病死した。

これを機に、平本さんは平成23年、25歳の時に尼崎市内のマンションで一人暮らしを始めた。市内に住む母親(66)と必要に応じてメールなどで連絡を取り合い、たんの吸引や日常的な介助は、ヘルパー2人が24時間態勢で行う。

意思表示は、わずかに動く顔の筋肉を使って「○」「×」を伝える。パソコン操作も「文字を打つのは早くて得意」といい、1文字に10秒もかからない。

現在は、たん吸引の研修施設「ポムハウス」(大阪府箕面市)でたん吸引を必要とする当事者として講師を務める。「自立し、やりたい生活ができるようになった」。障害がありながらも精いっぱい生きてきた。

 

やまゆり園事件1年に「被害者には夢があったはず」

昨年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が元施設職員の植松聖被告(27)=殺人などの罪で起訴=に刺殺される悲惨な事件が起きた。

「障害者は生きている意味がない」との植松被告の言葉には今も憤りを隠さない。「被害者にはいろいろやりたいことや夢があったはず」とした上で、平本さんは「誰もが自分らしく楽しく生活していけば、きっとこんな残酷な事件はなくなる。私のような人がいることを多くの人に知ってほしい」と話している。

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